この世の中に絶対的に正しいと言えることがあるとすれば、それは本質であることだと私は思う。

本質を調べてみると、そのものとして欠くことができない、最も大事な根本の性質・要素。

私にとっての本質とは、正しいとか間違っているとかそういった善悪を区別することを潜入することを許さない、聖域のようなもの。

本質が見えなくなってしまっている時、感情・体・知恵によって知らせてくれるのではないか。

本質的に生きていないと、ある出来事に感情が揺さぶられ自分自身にそれは違うよとサインを送ってくれる。

もしくは、体が重たく感じたり、体調を崩してしまったり、体からサインを出してくれる時もある。

体のサインすら無視しして突っ走っている時、誰かからの一声にハッとさせられ立ち止まったり。それは第三者からの知恵かもしれない。

子供はよく本質を見抜いている。常識という盾を持って、鎧を着て社会を生き抜いている大人は、その盾で本質を見抜かれないように防御するが、相手が敵でないと分かると、盾と鎧を捨ててありのままの自分を見せることができる。

本当はありのままの姿がとても美しいはずなのに、どうして私たちは盾と鎧を身につけてしまうのだろうか。

それは自分にとってとても大切であるからに他ならない。

本質を突き、人の逆鱗に触れたことはないだろうか。

誰にも傷つけられたくない、傷つけて欲しくない。それが本質なのだ。

本質は清く美しい。そして自分が思っているよりも弱くない。

むしろ最も強い根幹なのである。

善悪を区別することを許さない領域なのである。

本質的に生きることは、ブレない生き方となる。

感情・体・知恵を持ってその本質を支え、磨きながら生きていくこと他ならない。

自分の本質とは何だろうか。

私にとっての本質とは、本質的に生きることである。

あなたにとっての本質は?

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